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明治神宮はパワースポット?清正の井戸と亀石を待ち受けにする?

明治神宮はパワースポット?清正の井戸と亀石を待ち受けにする?

パワースポットブームの火付け役として有名な

明治神宮の「清正井/清正の井戸(きよまさのいど)」「亀石」。

日本一の初詣者数を誇る明治神宮のパワースポットについて調べてみました。

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明治神宮は、明治天皇と

昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう)が祀られている神社です。

明治天皇の崩御後、

1915年(大正4年)から造営(社殿・宮殿などを建てること)が始まり。

全国から13,000人もの国民が労力奉仕に自発的に参加しました。

報酬を求めず、また他の見返りを要求するでもなく

「自発的に1万3千人もの人が奉仕した」

と言うのは驚きですが、

なぜそれほどまでの人が動いたのかと言うと・・・

明治天皇が国の象徴だったからです。

明治新政府、近代国家日本の指導者、象徴として、絶対君主として国民から畏敬された。日常生活は質素を旨とし、どんなに寒い日でも暖房は火鉢1つだけなど、自己を律すること峻厳(非常にきびしいこと。また、そのさま)にして、天皇としての威厳の保持に努めた。 (Wikipediaより)

絶対的な存在である明治天皇を祀った神社として、造営された明治神宮は

大東亜戦争の末期に空襲によって神宮本殿は焼失しますが、

全国から復興資金により再度立て直されています。

今では「家内安全」「恋愛成就」「社運隆昌」「商売繁盛」

などのご利益があるとされ、

大晦日から正月三が日の間で

300万人前後の参拝客が訪れる

日本一の神社となっており、

お宮参り、七五三、御祈願、結婚式が行われます。

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明治神宮の清正の井戸/清正井(きよまさのいど)

清正の井戸

清正の井戸

明治神宮の清正の井戸は2009年12月に

手相芸人の島田秀平さんがテレビで清正井について力説した事がきっかけで

ブームになったと言われています。

清正と言うのは安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将・大名で

加藤 清正をさします。

豊臣秀吉→豊臣秀頼→徳川家康と君主をかえ熊本藩主となった

清正は名高い武将であると同時に

城造り・治水・干拓の技術にも優れた

「築城の名人」「土木の神様」

とも称されています。

⇒⇒⇒明治神宮-自然・見どころ-【明治神宮公式サイト】

加藤清正の子・忠広が江戸時代に

現在、明治神宮がある地に住んでいた事は

間違いないようですが、

清正本人がこの井戸に関係しているかは定かではないようです。

ではなぜ清正井がパワースポットとされるようになったのでしょうか?

それは、島田秀平さんが
2009年12月25日の読売テレビ「ダウンタウンDX」で
占いの師匠「原宿の母」から教わった
「明治神宮は富士山から出た気が流れる
“龍脈”上にあるらしく、
自然の湧水である清正井には特に気が集まっている」

と解説したコトがきっかけのようです。
以下、真相の引用です。

広報の福徳さんの話では「行列ができ始めたのは、昨年12月25日から」。前日の24日に放送されたテレビ番組が引き金だった。確認すると、手相芸人の島田秀平さん(32)が番組中、清正井の御利益について力説していたことが分かり、早速本人に話を聞いてみた。 「数年前から、手相を見せていただいた有名人の方たちに『清正井に行くと運気が上がる』と勧めまくっていたんです」 やはり、島田さんがうわさの発信源だった。当の島田さんは、4~5年前に占いの師匠である“原宿の母”から、清正井の“パワーの秘密”を教えられた。何でも、明治神宮は富士山から出た気が流れる“龍脈”上にあるらしく、自然の湧水である清正井には特に気が集まっているそうだ。

清正井がブレークした理由は他にもあった。“待ち受け画面”だ。「清正井の写真を携帯電話の待ち受け画面に…」と広めたのも島田さん本人。「携帯の待ち受け画面は誰でも頻繁に見るところ。そこに清正井の写真があれば、願い事やお参りしたときの気持ちを忘れないはず。そう思ってみんなに勧めてみた」そうだ。「ただ、パワースポットや神社仏閣にお参りするだけではダメで、そうなりたいと願いつつ努力することも大事。願いがかなったと思えるかどうかは、それぞれの気持ち次第です」と、占い師としてのアドバイスを忘れなかった。 (2010年2月,産経新聞報)

龍脈と言うのは、地中を流れる気のルートのことです。

大地の気は山の尾根伝いに流れると考えられており、
その流れが龍のように見えることから「龍脈」と呼ばれています。

⇒⇒⇒龍脈の画像

風水では、この「龍脈」の気が噴き出すポイントである「龍穴」に住むと、
一族は永きに渡って繁栄できると考えられているそうです。

明治神宮の広大な土地は22万坪(約73ヘクタールに及ぶ広大な神域)は、

江戸時代初めには肥後藩藩主・加藤家の別邸、
寛永17年(1640年)より彦根藩藩主・井伊家の下屋敷となっていました。(Wikipediaより)

「龍脈」が真実かどうかは分かりませんが、
大繁栄した一族が住んでいたことは間違いありません。

その土地に都内では珍しい湧水の井戸があるので、
パワースポットとして定着するのもうなずけるのではないでしょうか?

明治神宮の亀石

明治神宮の亀石

清正井と並んで、
パワースポットと言われているのが、
明治神宮の亀石です。

なぜパワースポットなのか?

根拠となるソースが出てこなかったのですが、

亀石は全体から体が暖かくなるほどのエネルギーが出ていて、
特に亀の頭の部分から強いエネルギーが出ています。

この石の周りはどこに立っても
エネルギーが感じられますが
特に強かったのが亀の「頭」の部分。

とあり、
亀の頭にパワーが備わっているようです(まじめです)

待ち受けにしてみる?

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明治神宮の歴史をひもとくと、
パワースポットと呼べる場所であるコトが分かりました。

清正井や亀石を待ち受けにして
運気上昇を願いながらも、
自分の努力を怠らなければ、
願いは叶うのではないでしょうか?

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